今や世界市場のうちで、中国市場の占める割合は決して無視の出来るものではなくなっています。そういった意味で中国語の需要はありますから、中国語入門するのは良いことです。
どうしたら全体像がはっきりと見えるようになるでしょうか。
それは、対象を長い時間かけてみつめることです。
得体の知れないように感じられる人でも、長くつきあっていればその心も割れてくるように、すぐには見えないものも長く見ていればその姿が見えてくるものです。
生物学者日高敏隆さんは、『チョウはなぜ飛ぶか』という本の初めに、つぎのようにチョウの飛ぶ道を観察しています。
ふしぎなことに、アゲハチョウはけっして野菜畑の上を横切って飛ぶことがなかった。
いつも庭の南半分の、木のあたりを飛んでゆくのである。
そしてそのことは、アゲハチョウやクロアゲハが西どなりの庭から入ってこようが東どなりの庭のほうから現われようが、ほとんどかわりなかった。
ぼくが気づいたおもしろいことというのは、これであった。
チョウの飛ぶ道はきまっているのだろうか?
日高さんは当時、小学校四年生たったそうですが、さまざまな観察を通しておもしろい発見をしてゆきます。
時間をかけて、あるいは何回も何回も出会いをもつことによって、はじめて一つの異状や独自性に気づくのです。
つぎの一文も、すぐれた観察記録の一例です。
まず、川底の地形をざっと紙にスケッチしておいて、それにアユの泳跡を書き入れていく。
泳跡は美しい図形になるが、その中に、いつも動きまわっている範囲と、ときどき出かけていく範囲とが区別される。
他のアユが近づいて来ると、背びれを立て、胸びれをはり、口を大きくあけて、はげしく追う。
やって来たアユは、突撃をくらうと、退散するが、追う方も深追いはせず、引きかえす。
ときどき出かける範囲といったのは、ほぼこの出撃限界なのである。
ところが、ある地点では、他のアユがそば近くまで来ても、ほとんど関心を示さないのに、別の地点では、そのときの自分のいる位置からはかなり離れたところへ来たアユに対しても、わざわざ出向いて追う。
一度や二度のことなら、たまたま気づかなかったのだろうとか、そのときの気分しだいで見逃してやったのだろうとか、適当にごまかしもできようが、いれかわり立ちかわりやって来るアユヘの応対を見ていると、そのときどきの都合次第のやりくちとは考えられない。
つねによく動きまわる範囲内へやって来たアユに対しては、必ず追うけれども、ときどき行く場所では、面と向かっても追わない。
つまり、追う、追わないは、そのアユの体のまわり何センチ、というような魚体に直結したことではなくて、自分のよく動きまわる場所のひろがりといった、もっと定まった地域と結びついたものだということがわかった。
こういった地域性をはっきりともった防禦空間を、動物社会学では、アユの生態を観察し、そこに「なわばり」という一つの習性を見出した。
私の授業では、高校一年生の最初の時間に、かならず「二十字定義」を書かせます。
その場で「学校」「ネクタイ」など思いつくままの語句をあげ、五分間ほどで書いてもらいます。
どんな事象でも過不足なく全体像をとらえることは難しく、部分的特徴の強調になりがちです。
また、表裏ところを変えて見れば、同じものも違ってとらえられることが現実にはたくさんあります。
そのいずれが正しいかというよりも、一つの事象がいく通りにも表現できることを知り、自分の見方もその一つであるということを、定義は教えてくれます。
ことばの定義集ともいえる『国語辞典』でも、項目によっては定義の仕方に違いがあります。
方向を示す「右」の項目を見てみましょう。
辞書によって説明の仕方がこれほど違うものかと驚きます。
かかりきったことと考えている事柄こそ、実はその定義が難しいことが、辞書を見くらべてみるとわかるでしょう。
そのためには、AとBとをくらべてその違いをあげることで、AがBではないことが証明できます。
しかし、自分自身だけみつめていたのではなかなか「私」の姿は、見えてきません。
それで、自分とは対照的な他人とくらべてみて、相互の類似点や相違点を比較・対照することで、おのずと「私」の特徴が見えてくることがあります。
つまり、「私でないもの」の像が見えてくれば、「私」自身の姿心浮かび上がってくるものです。
これが、比較・対照の方法です。
この方法で、単にそれぞれの相違点を明確にするだけでなく、違いを対比させることによって、見えなかった部分も見えてきます。
生態学者の梅棹忠夫さんが、『文明の生態史観』という本の中で、「東洋」にたいして「西洋」を対照させ、その中間に「中洋」を位置させたのも、そうした試みの一つといえるでしょう。
比較・対照する場合、日本語では「私と彼」「男と女」というように、助詞の「と」を用いて表現します。
一年を四季「春・夏・秋・冬」に分けるのも、生物学の「科・属・種」といった区分も、いわゆる分類です。
みなさんが利用する図書館の書棚は、おおかた十進分類法に基づいて区分けがされているでしょう。
科学史家の坂本賢三さんは、『「分ける」ことから「わかる」こと』という本の中で、自分をとりまく全宇宙での事象をわかろうとしてきた、ということを力説しています。
全休と部分との関係をいつも視野のなかに入れながら分類をしてみると、世の中のさまざまな事象も、その姿が見えてきます。
私たちの日常生活では、さまざまな事象を分類することで説明しています。
分類するときには、区分けする規準が必要です。
規準を変えれば、分類の仕方も大きく変わります。
他方、並列的に特徴を摘出して問題点を明らかにする方法に、「箇条書きの方法」があります。
それを一応「区分けの方法」と呼んでおきます。
この方法も、ものごとの整理にはよく用いられます。
学者の多田道太郎さんは、「良い文章の条件」として、わかりやすいこと、おもしろい文章であること、間違いが少ないことを指摘しています。
比喩は本来、類似のものをあげることで、より具体的にわかりやすくする表現法です。
日常生活ではもっぱらたとえとして用いられ、具体的な事柄に即して理解させる有効な方法です。
私たちはこうしたさまざまな方法を、それと気づかずにふだんよく使っているものです。
私たちは他人から説明を求められて、はじめて説明の方法に目が開かれるのです。
土地勘のまったくない人を対象にして書いてみてください。
まず、地図作りから始めてみましょう。
次ページの地図は、私の学校への道順を書いたものです。
地図が正確なものかどうかは、まったくふだんの観察力によります。
地図の正確さが確認できたら、文章にしてみましょう。
道順の説明はいく通りも書けますが、訪れる相手に応じて道順を書き分けるのが上手な説明です。
また、訪れる時間が昼間か夜かによって、書き方を変える必要もあるでしょう。
東京の小田急線「成城学園前駅」の改札口を出て右手の階段を下りると、北にのびる広い通りがあります。
商店や銀行などの間を二〇〇メートルほど行くと、最初の信号があり、その手前右角のマンションの所を右に入ります。
イチョウ並木が一〇〇メートルほどつづいて、成城学園の正門に行き当たります。
正門前を左に折れ、学園の校地に沿って四の距離です。
何よりも事実に即し、事実をよく観察しなくては書けないのが、この手の説明文です。
最近は、スポーツの試合を見る機会が多くなりました。
みなさんも対校試合で母校の応援に行くことがあるでしょう。
そこで、新聞記事を例にとって「報告文」の書き方を考えてみましょう。
新聞記事ではまず5W1Hの原則が守られなければなりません。
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